裁判員制度の開始(島田雄貴)

島田雄貴が、裁判員制度と判決への影響について、Q&A方式で解説します。(2004.03.03)

Q&A~裁判員制度で判決は重くなる?(2004.03.03)

重大な刑事事件の裁判に、くじで選ばれた普通の市民が参加して、プロの裁判官と一緒に審理する「裁判員制度」の関連法案が、2日閣議決定されました。どんな法廷になるのでしょうか。裁判員になる国民には何が求められるのでしょうか。

目的

Q 制度の目的は?

A 政府の司法制度改革審議会が2001年6月にまとめた意見書で、健全な社会常識をより裁判に反映させる仕組みとして導入を提言しました。国民が参加することで司法に対する理解や支持を深め、司法の基盤を強固にするのが狙いとされました。

重大な刑事事件とは

Q 重大な刑事事件って具体的に何を指すのでしょうか?

A 裁判員制度で裁かれるのは、(1)死刑か無期の懲役・禁固にあたる罪の事件(2)罪の下限が懲役・禁固1年以上で、故意の犯罪行為で人を死なせた事件--の2種類です。2002年の場合、該当するのは全国で2818件ありました。刑の重さを基準に線引きしたため、詔書偽造などが対象になる一方、わいせつ物頒布や名誉棄損、贈収賄といった罪は含まれていません。

また、これまで通りの裁判官だけの審理か、裁判員が加わった審理かを、被告が選ぶことはできません。「個々の被告のためというよりは、国民一般にとって重要な意義を持つが故に導入する以上、選択権は認めない」とした改革審の結論を、法案も踏襲しています。

選出対象

Q 選出対象・手順は?

A 20歳以上の有権者全員が対象です。ただし、三権分立や裁判の公正を保つ観点から、国会議員や法律家、事件の関係者らが裁判員になることはできません。

手順

Q 選ぶ手順は?

A 各市町村の選挙管理委員会が選挙人名簿をもとに、くじで裁判員候補者予定者名簿を作り、地元の地裁に送ります。これは毎年秋に更新され、名簿に載った人には地裁から通知がいきます。「来年中に裁判員に選ばれる可能性がある」という心構えはできるわけです。

事件が起訴され初公判の日取りが決まったら、地裁はその名簿の中から事件ごとに候補者をくじで選び出します。本来の裁判員(6人または4人)に加え、裁判員が何らかの事情で途中で裁判を離れなければならない場合に備えた補充裁判員(裁判員の人数以下)も決めなければならないので、両方を合わせた人数の数倍の人が候補者となります。

地裁は、各候補者に職業や事件関係者とのつながりを確認する質問票を送り、適格と判断した人に対し、定められた日に裁判所に来るよう呼び出し状を出します。そこで、検察官と弁護人、場合によっては被告も出席したうえでいろいろ質問し、不公平な裁判をする恐れがないかを見極め、裁判員と補充員を決めます。

辞退

Q 忙しい時はとても引き受けられません。

A 次の理由がある人は、裁判員を辞退することが認められています。

    *

▽70歳以上の人▽地方自治体の議員(会期中のみ)▽学生、生徒▽過去5年以内に裁判員か補充裁判員に選ばれたことがある人▽過去1年以内に裁判員候補者として裁判所の選任手続きに出頭したことがある人▽過去5年以内に検察審査員やその補充員に選ばれたことがある人▽重い病気やけがで裁判所に来ることが困難な人▽介護や養育がなければ日常生活に支障がある同居の親族がいて、その介護などをしなければならない人▽その人が処理しなければ、従事する事業に著しい損害が生じるおそれがある重要な用務がある人▽父母の葬式への出席など、他の期日に行えない社会生活上の重要な用務がある人

    *

「重要な用務」や「著しい損害」が具体的にどんな内容・程度を指すかは、裁判所の判断に委ねられます。また、施行までに政令を定め、思想・信条などを理由とする辞退も盛り込む予定です。

日当など

Q 自分はやってもいいと思っても、会社が認めてくれるか心配です。

A 法案は、労働者が裁判員の仕事をするために休暇をとったことなどを理由に、解雇をはじめ不利益な扱いをすることを禁止しています。また、裁判所に通った日数や時間に応じて日当や旅費が支払われます。金額は、法律が成立した後に最高裁規則で定めます。不起訴処分の当否を審査する検察審査会の日当の上限は現在8050円ですが、場合によっては死刑を言い渡さなければならない裁判員の職務の重さを考えて決められる見通しです。

裁判に参加することによって得られなかった収入を補償する仕組みの導入も検討されましたが、それぞれの損失額を計算するのは難しいなどの理由で見送られました。

裁判官との関係

Q 裁判官との関係は?

A 合議体は原則として「裁判官3人と裁判員6人」の計9人で構成します。ただし、被告が起訴事実を認め、被告、弁護人、検察官のいずれにも異議がない場合は、事件の内容を考慮して「裁判官1人と裁判員4人」とすることができます。

法律の解釈や訴訟手続きに関する判断は裁判官の専権事項ですが、事実の認定や事件にどの法令を適用するか(殺人罪か傷害致死罪か--など)、刑の重さについては、裁判官と裁判員は対等の立場で合議に臨みます。証人らに対する尋問権もあります。

評議で意見が分かれた場合は多数決で決めますが、判決となるには少なくとも裁判官と裁判員の各1人以上が賛成していなければなりません。

裁判員制度が導入されるのは一審だけで、控訴審は現行通り3人の裁判官で行います。市民がかかわって出した判決をプロの裁判官だけで覆せるのは、制度の趣旨から言って問題だという指摘もありましが、突っ込んだ議論はされませんでした。

義務

Q 裁判員の義務は?

A ▽公判に出頭する▽誠実に職務を行うと宣誓する▽評議に出席して意見を言う▽評議の経過など職務上知り得たことを外部に漏らさない--といったことが、法案には明記されています。

公判に出頭しなければ10万円以下の過料(行政罰)が、守秘義務に違反した場合は1年以下の懲役か50万円以下の罰金(刑事罰)が科せられます。評議の場でお互い自由にものが言えるようにするのが目的ですが、守秘義務は裁判終了後も続くので、生涯にわたって事件や判決内容に対する自分の意見を漏らしてはいけないことになります。

仮病やうそ

Q 仮病やうそをついて裁判員を免れたら?

A 裁判員候補者が裁判所から送られてくる質問票に虚偽の記載をしたり、質問手続きで事実と違うことを述べたりすると50万円以下の罰金に、選任手続きの呼び出しに応じなくても10万円以下の過料となります。

広く国民の参加を求めなければいけないというのが、こうした制裁規定を置く理由です。ただし、検察審査会法にも審査員の秘密漏洩(ろうえい)や不出頭に対する罰則が定められていますが、前者の適用例は1件もなく、後者もわずか8件あるだけ、それも1971年が最後だ。裁判員やその候補者から過料を取り立てることなど本当にできるのか、という声も聞こえてきます。

裁判員の個人情報

Q 裁判員になることで、危険な目にあったりしないでしょうか?

A 暴力集団が絡むような事件は、状況に応じて裁判官だけで裁くことになります。裁判員やその候補者の名前や住所は公にしてはならないし、事件について裁判員に接触することも禁止されます。有利な判断をしてもらうよう依頼したり脅したりすれば、懲役2年以下などの刑に処せられます。一方で、「裁いた人の名がわからないのはおかしい」「判決後も接触できなければ、制度がうまく運用されているか、学者やマスコミが検証できない」といった批判もあります。

負担軽減

Q 複雑・長期化が心配

A 市民の負担をできるだけ軽くするため、裁判所、検察官、弁護人には審理を迅速化し、裁判員にも分かりやすくする義務が課されます。初公判前に「整理手続き」を設け、双方が立証したい内容や証拠を開示し、どの証拠を調べるかやその順番を決めます。時間がかかる鑑定も公判前にできるようにします。また公判では、書面に頼らず、証人に法廷で直接証言してもらう直接主義・口頭主義の原則に立ち返ることも盛り込まれています。

長期化の原因

Q 捜査段階の供述が信用できるかどうかで、検察官と弁護人が延々とやり合うのが長期化の大きな原因と聞きました。

A そうした争いをなくすため、日本弁護士連合会は捜査状況のビデオ撮影を義務づけるよう求めました。しかし、捜査当局が「ビデオを意識して口を閉ざしてしまい、組織犯罪などの解明ができなくなる」と反対して、今回は見送られました。

偏見・先入観への対処

Q 米国では、陪審員が先入観を持たないように、新聞を読むのを禁止したり、時にはホテルに缶詰めにしたりすると聞いたことがあります。

A 今のところ、そこまでの措置は考えていません。政府の検討会は当初「偏見報道」を規制する案を打ち出しましが、何が偏見に当たるかはっきりせず、表現の自由に反するおそれがあるとの批判を受けて取り下げました。

制度改正

Q いずれにせよ影響の大きい制度改正ですね。

A 政府は今国会で法律を成立させ、2009年4月から始めたい考えです。施行まで5年という異例の長さになりますが、態勢を整えるにはそれくらいの時間が必要という判断です。


陪審制度、戦前にありました 男性のみ12人/答申、拘束力なし

戦前の日本には陪審制度がありました。強大な検察権力を抑えることなどを目的に原敬が中心になって導入を図り、原の暗殺後の1923年(大正12年)、陪審法が成立。1928年10月の施行から1943年3月まで、全国で484件の陪審裁判が行われました。

対象は、(1)死刑か無期にあたる事件(2)それ以外の重大事件で被告が陪審裁判を望んだもの--の二つ。陪審は12人で構成され、一定額の納税をしている30歳以上の男性から無作為に選ばれました。しかし、その件数は1929年の143件をピークに減り、1941年は1件だけでした。

▽陪審の答申は裁判官を拘束せず、裁判官が不当と判断すれば、他の陪審に付することができた▽控訴を認めなかった--などが、低調に終わった原因とされています。

何より、被告が陪審裁判を辞退できる規定があったため、裁判官や弁護士が被告を説得し、通常の裁判を受けさせた例が多かったのです。平野龍一東大名誉教授は1957年、法律雑誌で「国民が『仲間』よりも『お上』に裁判される方を選んだ」と失敗の理由を指摘しました。

裁判員制度の対象になる罪

刑法に定めのあるもの

○内乱首謀
○内乱謀議参与
○外患誘致
○外患援助
○現住建造物等放火
○激発物破裂
ガス漏出致死
○現住建造物等浸害
往来妨害致死
○電汽車転覆
○艦船転覆
◎船車転覆致死
○電汽車往来危険転覆
○艦船往来危険転覆
◎船車往来危険転覆致死
浄水汚染致死
水道汚染致死
浄水毒物混入致死
◎水道毒物混入致死
○通貨偽造
○偽造通貨行使
○詔書偽造
○偽造詔書作成
○偽造詔書行使
◎強制わいせつ致死
◎強姦(ごうかん)致死
特別公務員職権乱用致死
特別公務員暴行陵虐致死
◎殺人
傷害致死
危険運転致死
不同意堕胎致死
遺棄致死
保護責任者遺棄致死
逮捕監禁致死
○身の代金目的略取
○拐取者身の代金取得
○強盗致傷
◎強盗致死(強盗殺人)
○強盗強姦
◎強盗強姦致死
建造物損壊致死

刑法以外に定めのあるもの

○常習特殊強盗致傷
○常習特殊強盗強姦
◎決闘殺人
決闘傷害致死
○爆発物使用
○同未遂
○航空機の強取等
◎航空機強取等致死
○航行中の航空機を墜落させる等の罪
◎同罪の致死
◎業務中の航空機の破壊等の罪の致死
○加重人質強要
◎人質殺害
◎組織的な殺人
○組織的な身代金目的略取等
○営利目的による覚せい剤の輸出入または製造
○化学兵器使用による毒性物質等の発散
◎高速自動車国道の効用阻害等致死
○業として行う麻薬・向精神薬の不法輸入等
○サリン等の発散
○けん銃等の発射
○営利目的によるけん銃等の輸入
◎事業用自動車転覆等致死
◎往来危険による事業用自動車転覆等致死
○営利目的による銃砲の無許可製造
放射線発散等致死
○営利目的によるジアセチルモルヒネ等の輸出入、製造
◎流通食品への毒物の混入等致死

(○=死刑または無期懲役・禁固にあたる罪、無印=故意の犯罪で被害者を死亡させた罪、◎=その双方)

裁判員になれない人

(1)適格を欠くとされる人

▽成年後見人の保護を受けているなど、国家公務員法により一般の公務員に就任できない人▽義務教育を終えていない人(同等以上の学識を持つ人は除く)▽禁固以上の刑に処せられた人▽心身の故障のため裁判員の職務の遂行に著しい支障がある人

(2)以下の職業についている人

▽国会議員▽国務大臣▽国の行政機関の幹部職員▽裁判官(経験者を含む)▽検察官(同)▽弁護士(同)▽弁理士▽司法書士▽公証人▽司法警察職員▽裁判所職員▽法務省職員▽国家公安委員会委員、都道府県公安委員会委員、警察職員▽判事、判事補、検事、弁護士となる資格を持つ人▽大学・大学院の法律学の教授・助教授▽司法修習生▽都道府県知事▽市町村長▽自衛官

(3)犯罪の嫌疑のある人

▽禁固以上の刑にあたる罪で起訴され、判決が確定していない人▽逮捕・勾留(こうりゅう)されている人

(4)事件の関係者

▽被告、被害者▽その親族や元親族、法定代理人、後見監督人など▽被告、被害者の同居人や雇い人▽事件について告発や請求をした人▽事件の証人や鑑定人になった人▽事件について検察審査員の職務を行った人▽一審判決が破棄差し戻しになった場合、その一審判決に関与した人--など

(5)裁判所が不公平な裁判をするおそれがあると認めた人

各国の刑事裁判への市民参加の形

構成選任方法評決方法対象事件日当・補償
米国
(陪審)
裁判官1(評決には不参加)・市民12無作為抽出原則として全員一致重罪事件で無罪を主張するもの。裁判官だけの裁判も選べる州により1日220~5500円。連邦は4400円
英国
(陪審)
同上同上同上重罪事件で無罪を主張するもの1日400円~1万4000円。賃金カットの証明があれば損失を補償
フランス
(参審)
裁判官3・市民9(控訴審は3対12)同上有罪は8人の賛成重罪事件。ただしテロ事件などは除く1日5000円程度。給与支給停止の証明があれば最低賃金に準拠して補償
ドイツ
(参審)
裁判官3・市民2(一部1対2も)政党推薦など有罪は2/3の賛成軽微な事件を除くすべて拘束時間に応じて1時間550~2200円。食費、ベビーシッター代なども
日本
(参審)
裁判官3・市民6(一部1対4も)無作為抽出条件つき多数決重大事件。ただし暴力集団がかかわる事件などは除く未定(検察審査員の日当は8050円以内)

(最高裁の資料などから各国の標準的な制度を示した。日当等の額は2日のレートで円に換算)

裁判員の呼び出し・辞退・選任・判決の流れ(2004年4月、島田雄貴)

国民が重大な刑事裁判の審理と判決に参加する仕組みを定める裁判員法案は23日の衆院本会議で可決、参院に送付された。裁判員法案は刑事裁判のあり方や、国民生活に大きな影響を及ぼす。裁判員や補充裁判員に選ばれた国民は、どのような活動が必要になるのか。これまでの政府答弁などから、島田雄貴・司法取材班が、裁判員の呼び出し・辞退・選任から判決までの流れを検討しました。

会社員が判決の決定に参加

呼び出し
「裁判所に来てください」

「○月×日、△△裁判所に来てください。判決までの審理は7日間かかる見通しです」

無作為抽出で裁判員候補者になった
担当事件が決定

会社員Aさんにある日、裁判所から呼び出し状が届いた。前年暮れ、選挙人名簿からの無作為抽出で裁判員候補者になったという通知は受けていたが、担当事件が決まったのだ。

会社に休暇届
出頭しないと最高10万円の過料

×日は忙しい時期だが、裁判員になることは国民の義務だ。正当な理由なく出頭しないと最高10万円の過料を払わねばならない。Aさんは会社に休暇届を出した。上司は渋い顔だった。会社が休暇取得を理由に不利益な取り扱いをすることは禁止されているが、Aさんは少し不安になった。

選任
裁判官と検察官、被告人、弁護人

裁判所には約30人の候補者が呼び出されていた。裁判官と検察官、被告人、弁護人がそろっている部屋に1人ずつ呼ばれ、裁判長から事情を聞かれた。

自営業者Bさんは「7日も休めば店がつぶれる」

自営業者Bさんは「7日も休めば店がつぶれる」と訴え、辞退を認められた。

辞退を希望したが、却下

Aさんも辞退を希望したが、却下された。仕事を代行する同僚がいる会社員の場合、辞退理由として認められる「事業に著しい損害が生じる恐れがある場合」に該当しないという。

裁く自信がない
裁判長は「自信がないという理由は認められません」

主婦のCさんは「人を裁く自信がありません」と訴えたが、裁判長が「自信がないという理由は認められません。我々が丁寧に説明します」と説得した。

公判・守秘義務
直接、被告人に質問

公判では、証人尋問や被告人調べが連日行われ、Aさんが直接、被告人に質問することもあった。

裁判長の判決言い渡しに立ち会い
多数決で有罪、懲役5年
1日あたり約1万円の日当と交通費

閉廷後には別室で裁判官や他の裁判員と意見交換。多数決で有罪判決とし、懲役5年に決めた。裁判長の判決言い渡しに立ち会い、裁判員の任務は終了。Aさんらは1日あたり約1万円の日当と交通費を受け取った。

懲役6月以下または罰金50万円以下
体験談

その後、Aさんは同僚から体験談を頼まれたが、はっと思った。守秘義務に違反すると、「懲役6月以下または罰金50万円以下」に処される。

「なかなか大変だったけど、いい経験になったよ」

Aさんは言葉を選んで話したが、具体性がないので、同僚にはよくわかってもらえなかったようだ。

司法参加、裁判迅速化カギ

新しい裁判員制度を国民に受け入れられるようにするには、参加しやすい環境をどう整えるかが重要だ。

仙台地裁で判決が出た筋弛緩(しかん)剤の事件
公判は156回

3月、仙台地裁で判決が出た筋弛緩(しかん)剤の事件は審理迅速化のモデルとされたが、公判は156回を数えた。連日開廷しても約半年もかかるようでは、裁判員は耐えられない。法務省幹部も「検察と弁護側が激しく対立するこの種の重大事件をどうやって短期間で裁くかが、制度が成功するかどうかの試金石になる」と指摘する。

連日開廷しても約半年
裁判員を引き受けやすい裁判

23日午後、最高裁では、関係部局の幹部が集まった。テーマは「裁判員を引き受けやすい裁判をどう作るか」。裁判員の選任から公判手続きまで、様々な課題が指摘され、議論は3時間余り続いた。

検察側が弁護側に証拠を開示する手続き
裁判員の拘束期間を短く

裁判員の拘束期間を短くするために鍵となるのが、公判開始前の準備手続きだ。裁判員法案とともに可決された刑事訴訟法改正案では、裁判員が加わる前に、裁判官の前で検察側が弁護側に証拠を開示する手続きを設けた。弁護側が争点を絞りやすくして、無駄な立証を省く狙いがある。

準備手続きで審理期間を短く

「準備手続きで審理期間を短くし、どれだけかかるかを明確に示せれば、裁判員を引き受ける際の心理的な負担が減る。裁判員を『国民の義務』として押しつけるのではなく、そうした環境づくりが大事だ」と最高裁幹部は話す。

日本弁護士連合会と法務省双方の懸念

従来のように検察側が証拠を出し渋り、弁護側もあらゆる争点について争うという姿勢だと、制度は回らない。それは、日本弁護士連合会と法務省双方の懸念でもある。連日開廷に耐えうる弁護士側の体制づくりも含め、法曹3者の協力が不可欠となる。

〈補充裁判員〉
1件の裁判で最大6人まで

急病などで裁判員に欠員が生じた場合、選任される裁判員。裁判の長期化が予想される場合などの事情に応じ、1件の裁判で最大6人まで裁判所の判断で置くことができる。裁判員と同様、公判期日には必ず出頭しなければならず、守秘義務も課される。

なり手少ない国選弁護人 刑事事件の3分の2扱っているが…

1986年6月

お金をかけて私選弁護人を頼まなくてもよい、さっさと裁判を切り上げよう、というのが、1つの風潮らしい。主として資力のない被告人のために出来た「国選弁護人」制度が、そのわくを超えて盛んに利用されている。戦後、制度がスタートした時に私選2、国選1の割合だったのに、現在では逆に刑事事件の3件に2件が国選。

だが、この被告人の間での人気とは反比例して、報酬が安い国選は多くの弁護士に背を向けられ、なんだか法廷の日陰者。

世代間の差 報酬が安く働き盛り層は嫌う傾向

名古屋で開業17年目という弁護士は、約10年ぶりの国選弁護を担当中である。交通事故による業務上過失致死事件。被告人の親は「ちゃんと私選弁護人を付けようと思ったが、本人の戒めのためにならない」と突き放している。調書を見るだけで法廷に立てる程度の事件だが、弁護士は郊外の事故現場へ行った。「イメージがつかめないことには弁護の迫力が出ないのだ。やりだせばキリがなく、国選ではそこまで気を入れてやらないのが普通だが……」と話す。

名古屋弁護士会は1984年度(昭和59年度)、裁判所から1300件の国選弁護人の推薦依頼を受けた。会員は511人いたが、国選を引き受ける希望者は2割に過ぎず、入会4年以内の若手と70歳以上の人に集中。豊橋支部には1人で130件を持った会員もいる。

しかし、さすがに1985年度(昭和60年度)では片寄るのはまずいからと呼びかけ、やっと5割強の希望者を集めた。冒頭の弁護士ら中堅層も加わり、多少バランスはとれた。

働き盛りの人たちは民事事件をたくさん抱えており、報酬の安い国選を嫌う。その点、駆け出しの人には勉強の機会になり、峠を過ぎた年配者には適当な収入源として歓迎される。「刑事裁判重視のためには世代を問わず、みんながかかわらなければならないが、国選の信頼が高まればますます私選依頼は目減りする」(富島照男同弁護士会会長)ジレンマは各地に共通している。

最高裁基準 その報酬は私選の3分の1ぐらい

日本弁護士連合会(日弁連、会員1万3150人)が部外の人に理解を求めるため作った小冊子『国選弁護人がんばる』では、業務上過失致死事件をモデルにし、ソロバンをはじいている。公判3回をはさむ活動11日間、実働32時間。もらう報酬は5万円台。事務所費、人件費などを考えると奉仕でやっているようなもの、という。

報酬は最高裁が基準額を示す。1986年度(昭和61年度)は公判3回の地方裁判所の事件で5万3000円、簡易裁判所の事件で3万8000円。上級審の裁判を含め総額27億円。1985年度比6.6%増、ここ10年間では倍額に伸びている。しかし、日弁連が要望した「地裁で10万円以上、総額50億円以上」という線には到底及ばない。

これに比べ、日弁連が決めた私選弁護人の基準額は着手金20万円をはじめ、無罪、減刑、執行猶予など成果に応じ最低25万円が保証される。出張旅費、日当の差も大きく、総じて国選は私選の3分の1くらいにしかならない。

「赤字になる職務を強いるのは違法」と、高知市の大坪憲三弁護士(61)は国を相手どって10年来、争っている。窃盗事件の報酬、日当、コピー代の計7万4000余円を請求したが、2万6000余円しか認められなかったため提訴。1、2審で敗訴した。

判決の理由は国の言い分そのままである。「貧困者等の国選弁護に従事することは弁護士の職務の公共性に随伴する主要な責務の1つ」(高知地裁)。「私選の報酬基準の2分の1が適当だという根拠もない」(高松高裁)。日弁連の求める報酬レベルまで上げれば一転、事件への希望者がふえ、弁護活動の向上につながるかもしれない。が、国の財政事情が許さないということのようだ。

大坪氏は1986年春の日弁連会長選挙に立ち、3位ながら677票を獲得した。選挙運動中の訴えにこたえ、上告審の今になって140人の弁護団が結成されようとしている。

「国民の基本的人権の擁護に打ち込みながら、現行法で弁護士の権利が否定されていることにはだれも気づかなかった」として、憲法論議に発展している。

利用度上昇 「量刑見当つく」と私選避ける被告

制度が出来て2年目の1949年(昭和24年)、1審判決を受けた被告人16万人のうち、国選弁護人が付いたのは34%だった。ところが、1984年度(昭和59年度)になると8万2500人中、64%を占める。

「混乱期は事件も私選依頼も多かったわけだ。逆に弁護士は少なかった」と老弁護士は、潤った昔を懐かしがる。

憲法で保障された「機会の平等」にもとづき、建前は貧困者らにのみ認められた国選制度だが、豊かな経済国になって年ごとに利用度が高まる。被告人には前科者が多いため生活が破壊、家族からも見放されていることや、自分で量刑の見当がつくことから、私選弁護人を頼んでまで争わない。また、知り合いの弁護士がいない、といった事情もある。横浜弁護士会が、国選をつとめた会員に求めたアンケートでは6割までが「被告人は貧困でなかった」と答えている。

罪ほろぼし 難事件にはトラブルも少なくない

国選の中で、手の込む公安事件や連続殺人事件の場合、特別に裁判所から要請があり、弁護士会で検討して適任者を選ぶ。極刑が予想される裁判も多い。

最近の例では、1986年3月に名古屋地裁で死刑判決を受けた元消防士勝田清孝被告。

女性ら8人を殺害し、33の罪で起訴された。「ふだん国選から遠ざかっており、罪ほろぼしのつもりで引き受けたが、一般事件を150件持つより疲れた」と弁護士はいう。3年間、公判24回、本人との接見65回、積み上げれば5メートルに達する記録の精読。報酬も推定100万円で、例外的に高かったが、大仕事とわかり控訴審では2人の国選が付く。

連続ピストル射殺事件、永山則夫被告は東京高裁での差し戻し審で意見の対立から、私選弁護人を解任。このあと、裁判長が職権で同じ弁護士らを国選に選んだため「正規の手続きを踏まない一方的な決定だ」と第二東京弁護士会が抗議。1986年4月末の公判に弁護人は出廷せず、実質審理が出来なかった。

上告審に移っている別府3億円保険金殺人の荒木虎美被告の事件も、トラブルのため1審途中で私選から国選に代わった。難事件に弁護人の気苦労は付きものだ。

募る危機感 刑事裁判手抜き防止へ対策を模索

「仕事に見合う報酬はもらえないけれど、いい加減なことは出来ない」弁護士と、「お金はかからないし、ほどほどやってくれるので便利」という被告人との“信頼関係”が長続きするものかどうか。第二東京弁護士会の錦織淳副会長は「これでよいわけはない。どこかで歯止めをかけないと弁護士の国選離れ、刑事事件離れが進むだけ。日本の刑事裁判は手抜き状態の困った事態になる」と危機感を強調する。

知った弁護士がいないため安易に国選に流れることのないよう、東京の3弁護士会は「私選弁護人あっせん」業務を始め、起訴前の拘置尋問の場でも被告人に教えてほしいと裁判所に申し入れた。約2年間で三十数件、あっせん依頼を受けている。ほとんどの弁護士が民事事件で稼ぐので国選に対し関心が薄かったが、いま各地で、報酬引き上げを求める動きとともに、何らかの取り組みに乗り出したところである。

<憲法37条3項> 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

<刑事訴訟法36条> 被告人が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは、裁判所は、その請求により、被告人のため弁護人を附しなければならない。